2006年02月14日
「チョコレート・セレブリティ」
私は高級チョコレート。デパ地下の専門店でしか売ってないわよ。
2月はちまたの安物チョコたちも変に無理してめかしこんで。バレンタインデーがあるからね。
でも、所詮もともと安っぽい連中は主役になんかなれるはずがない。いくら置き場を金や銀のモーラ……じゃなかった、モールで飾ったってね。銀座やヒルズのセレブなOLたちがひとつひとつ値踏みしながら選んでいくのよ。それは私たちだけに許された特権なんだもの。
でも自惚れていたのもつかの間のこと。今年は相手が悪かった。
私を買ったのはIT企業と思しき高飛車女。正直淑女のメッキの下はすぐに見抜いたけど、まあ仕方ないわ。この世界で女が生き抜くために、皮のひとつもかぶるものよ。かぶってる男……失礼、男がかぶってる(え、同じこと?)よりマシじゃないかしら。
いやな予感がしたのは、会社を出た彼女が新宿2丁目でタクシーを下りたとき。
この子、いったいどこ行く気なのよ。関連会社の社長だか副社長だかの彼氏がいるって話じゃなかった? 交遊関係を詮索している間に彼女はネオン街をドンドン歩いていく。
ね、ねえ、私はセレブのはずでしょ。何でこんな不気味なお店に持ってくるのよ。なにここの連中、ここはモロッコ? タイランド?
ねえ、ちょっと待って。私をどこに持って行くのよ。まさかハードゲイだかハーフパイプだかの三角州に放り込む気?
いや、待ってよ。話を聞きなさいよ! テレビ番組でも司会者の説明とか全然聞いてないじゃない、あんた。いいから聞きなさい、あんた、死ぬわよ。って、これネタ違うわ。私だってタッキー似のセレブな男にもらわれたい……食べられたいのよ!
え? 出番が来たって?
ぎゃあああ! 熱い臭い狭い! 私はこういうのに慣れてないんだってば! こういう用途に使われるようにはできてないんだってば! 知性が、品性が崩壊するって!
え? それは何を取り出したの? 福沢諭吉?
いや、新札とか気使いすぎだから。諭吉10人は犠牲にできるくらい稼いでるみたいだけど。ね? でもこれ以上ビキニパンツに甘える必要はな……。
うげえっ! あうっあうっ! どんだけ詰めんのよ、あんた!
「てへっ、フンパツしちゃった」だと? ぶりっ子か! この期に及んでさとう○緒? 今どき石田○一でも振り向かねえよ! それにその石膏顔で「てへっ」とかいわれても全然セレブじゃな
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。上から見た物言いしませんからさらにねじ込んで暗黒のカオスと一体化させるのだけは勘弁してください。
で、手に持ってるそれは? ドンペリ? ピンドン?
いや、私、水中で呼吸できないのよ! チョコチョコの実の能力者……。
げふげふげぐ! 入れすぎ! 入れすぎだって! それお祝いじゃないわよ! むしろ丸洗い洗濯機よ。
ちょっとサービスしちゃったかなあって、ちょっとじゃないよ! こんなことに金注ぎ込んでるなら若い社長のひとりでも口説き落とせよ!
しかも何だかベトベトしてない? チョコボール?
……失礼。
え? あとは英会話に通うだけ? ああ、そう。パンツに物突っ込むのに会話要らないでしょ。
いよいよ私のセレブな人生……もといチョコ生も、間もなく終わりを告げることになりそうね。
けれども私は知っているの。私よりもっと不幸なヤツが、この世に一人いることを。
私が飛び込んだ男……。楽屋でパンツを洗いながら、いったいどんな顔するのかしらね。
(おわり)
後書き
2006年02月04日
「募集」
はじめまして! 総合人材派遣サービスのアップセットコーポレーションです。
募集しています。18〜22歳女性。一人暮らしの男子大学生の部屋で、一緒にコタツに入ってお弁当やミカンを食べるだけのお仕事です。一回の標準勤務時間は60分。防犯体制は万全。食事(お弁当、おやつ)付き! お弁当の内容は毎回変わるので飽きません。時給は2500円から。昇給もあります。家庭教師よりも簡単で、安全です。週4日以上入れる人を優遇します。
募集しています。25〜30歳男性。一人暮らしのOLさんの部屋で、夕食を作ってあげて一緒に食べるだけのお仕事です。一回の標準勤務時間は、調理時間も含めて90分。時給は3000円から。昇給もあります。調理師免許、管理栄養士、マッサージ師などの資格を持っている人を厚遇、別途手当てがつきます。週4日以上入れる人を優遇します。
募集しています。30〜37歳女性。ホテルのレストランで、既婚男性の夫婦間や親子間の悩みを聞きながら一緒に食事するだけのお仕事です。一回の標準勤務時間は120分。防犯体制は万全。有名ホテルの豪華ディナー付き! 時給は3700円から。昇給もあります。カウンセリングなどの専門知識は必要ありません。既婚者で、会社勤めの経験がある人、週3日以上入れる人を優遇します。
いずれも書類審査後、面接と模擬研修を行います。あなたの“やさしさ”を安全・簡単・快適なお仕事で発揮してみませんか? お問い合わせは総務部リクルーティング係まで。あなたのご応募をお待ちしております!
(おわり)
(後書き)
募集しています。18〜22歳女性。一人暮らしの男子大学生の部屋で、一緒にコタツに入ってお弁当やミカンを食べるだけのお仕事です。一回の標準勤務時間は60分。防犯体制は万全。食事(お弁当、おやつ)付き! お弁当の内容は毎回変わるので飽きません。時給は2500円から。昇給もあります。家庭教師よりも簡単で、安全です。週4日以上入れる人を優遇します。
募集しています。25〜30歳男性。一人暮らしのOLさんの部屋で、夕食を作ってあげて一緒に食べるだけのお仕事です。一回の標準勤務時間は、調理時間も含めて90分。時給は3000円から。昇給もあります。調理師免許、管理栄養士、マッサージ師などの資格を持っている人を厚遇、別途手当てがつきます。週4日以上入れる人を優遇します。
募集しています。30〜37歳女性。ホテルのレストランで、既婚男性の夫婦間や親子間の悩みを聞きながら一緒に食事するだけのお仕事です。一回の標準勤務時間は120分。防犯体制は万全。有名ホテルの豪華ディナー付き! 時給は3700円から。昇給もあります。カウンセリングなどの専門知識は必要ありません。既婚者で、会社勤めの経験がある人、週3日以上入れる人を優遇します。
いずれも書類審査後、面接と模擬研修を行います。あなたの“やさしさ”を安全・簡単・快適なお仕事で発揮してみませんか? お問い合わせは総務部リクルーティング係まで。あなたのご応募をお待ちしております!
(おわり)
(後書き)
2005年12月26日
「クリスマス」
脱線事故、株式誤発注、耐震偽装など、今年もいろいろな不始末に関する重大事件があったが、年の瀬も押し迫ってきた12月26日の朝、世界中を仰天させる大ニュースが、新聞・テレビ各社に飛び込んできた。
ある老人が配達業務で家を留守にしていた間に、空き巣が侵入し、なんと53億人分の個人情報が盗まれたのだという。住所、氏名、年齢だけでなく、興味のある商品などの情報も含まれ、事態はきわめて深刻と見られる。フィンランド警察は犯人の手がかりを懸命に追ってるが、今のところ進展はなく、被害者宅の警備体制に関する事情聴取がつづいており――――
(了)
ある老人が配達業務で家を留守にしていた間に、空き巣が侵入し、なんと53億人分の個人情報が盗まれたのだという。住所、氏名、年齢だけでなく、興味のある商品などの情報も含まれ、事態はきわめて深刻と見られる。フィンランド警察は犯人の手がかりを懸命に追ってるが、今のところ進展はなく、被害者宅の警備体制に関する事情聴取がつづいており――――
(了)
2005年12月14日
「骨太の基本方針」
それでは、これより少子化対策の『骨太の基本方針』を発表します!
国民の皆様からのご意見にもあります通り、結婚を考える時期を迎えるまでに、いかにして幼児との接触度を高めるか、それが出産・育児への不安を和らげ、希望をふくらます最大の要であると思われます!(そうだ!そうだぁ!)
したがいまして、まず、女の子の赤ちゃんにはすべからくメイド服と猫耳を、それから男の子の赤ちゃんにはすべからく白衣とメガネを着用させます。こうすることによって昨今の無関心層まで広く取り込み、国民全体で子どもへの愛着を増すことが期待されます。
――え、誘拐や監禁の危険性が飛躍的に上がる? 特に女の子が?
方針の詳細は厚生労働大臣に伝えてあります……
(おわり)
後書き
国民の皆様からのご意見にもあります通り、結婚を考える時期を迎えるまでに、いかにして幼児との接触度を高めるか、それが出産・育児への不安を和らげ、希望をふくらます最大の要であると思われます!(そうだ!そうだぁ!)
したがいまして、まず、女の子の赤ちゃんにはすべからくメイド服と猫耳を、それから男の子の赤ちゃんにはすべからく白衣とメガネを着用させます。こうすることによって昨今の無関心層まで広く取り込み、国民全体で子どもへの愛着を増すことが期待されます。
――え、誘拐や監禁の危険性が飛躍的に上がる? 特に女の子が?
方針の詳細は厚生労働大臣に伝えてあります……
(おわり)
後書き
2005年12月09日
「そこだけがちがう」
あたしの完敗だった。三つ上の従兄弟は、この勝負ならいまの俺に敵はいないと豪語した、実際その通りだった。四隅はおろか四辺を見事に押さえられ、たった一ヵ所カラスの忘れ物みたいな黒い斑点を残し、盤上はすべて白く塗りつぶされた。あたしは賭けに負けてしまった。従兄弟は得意げな顔で冷たいミルクをたっぷりと盤に注ぎ、たちまち盤からあふれ出し、床にひろがり、壁もカーテンもどんどん白く変わっていく。
そのうちあたしの服にもしみて、安っぽいスカートは純白のドレスになっていく。気恥ずかしさでうろたえながら、盤上の黒一点をあわてて握りしめた。もうすぐ全部、従兄弟が待ち望んだ世界になってしまう。いつの間にか天井の高い聖堂のまん中で、天窓から白い光が降り注ぎ、あたしはおしろいで顔を固めた友人たちから白ばらのブーケを手渡され、白馬のひく馬車が玄関まで迎えに来ている。
白いタキシードに着替えた従兄弟は息を整え、微笑み、あたしの手から最後の一枚を取り上げる。プラチナのリング台をくっつけて、再びあたしの手に戻す。
「さあ、きみの手で裏返して」
世界にたった一枚残された黒い色。裏返すその指の震えがいつまでも止まらなかった。
(おわり)
後書き
そのうちあたしの服にもしみて、安っぽいスカートは純白のドレスになっていく。気恥ずかしさでうろたえながら、盤上の黒一点をあわてて握りしめた。もうすぐ全部、従兄弟が待ち望んだ世界になってしまう。いつの間にか天井の高い聖堂のまん中で、天窓から白い光が降り注ぎ、あたしはおしろいで顔を固めた友人たちから白ばらのブーケを手渡され、白馬のひく馬車が玄関まで迎えに来ている。
白いタキシードに着替えた従兄弟は息を整え、微笑み、あたしの手から最後の一枚を取り上げる。プラチナのリング台をくっつけて、再びあたしの手に戻す。
「さあ、きみの手で裏返して」
世界にたった一枚残された黒い色。裏返すその指の震えがいつまでも止まらなかった。
(おわり)
後書き
2005年11月09日
「シュガー・マジック」
長い旅から帰ってくると、庭の甘夏の木のもとに、思わぬものが出現していた。大理石の原石が隆起したかのような、白い三角形の巨大建造物。庭先で遊ぶ鳥たちに尋ねてようやく正体を知った。
まっくろに日焼けした働き者たちが家に忍びこみ、おびただしい数の角砂糖を運んで積み上げ、女王の陵墓を築いたというのだ。ただひたすらに、敬愛する彼らの母の永遠を願い――
白い三角錘のてっぺんに、ついに神秘の夜がおとずれた。庭じゅうの草葉の陰から、おごそかな奉唱が巻きおこり、千年来の命の粒子がひろがるルリ色の彼方へ一筋の淡い光が立ちのぼる。光は夜空と漏斗状につながって、白い砂時計が流れだし、神の息吹を地上へみちびく。
働き者たちは触角のささやきを止め、くろい瞳をまっすぐ据えて葬送のときを見まもった。甘夏の青葉をすかし、星の手がさやさやと墓畔に降り注ぐ。そして彼らの母は、あまく香る永遠のなかにとけこんだ。
残光のさす縁側に腰かけ、もぎたての甘夏を噛みしめる。若い酸っぱさが舌をわたり、まなじりに移っていった。
(おわり)
後書き
まっくろに日焼けした働き者たちが家に忍びこみ、おびただしい数の角砂糖を運んで積み上げ、女王の陵墓を築いたというのだ。ただひたすらに、敬愛する彼らの母の永遠を願い――
白い三角錘のてっぺんに、ついに神秘の夜がおとずれた。庭じゅうの草葉の陰から、おごそかな奉唱が巻きおこり、千年来の命の粒子がひろがるルリ色の彼方へ一筋の淡い光が立ちのぼる。光は夜空と漏斗状につながって、白い砂時計が流れだし、神の息吹を地上へみちびく。
働き者たちは触角のささやきを止め、くろい瞳をまっすぐ据えて葬送のときを見まもった。甘夏の青葉をすかし、星の手がさやさやと墓畔に降り注ぐ。そして彼らの母は、あまく香る永遠のなかにとけこんだ。
残光のさす縁側に腰かけ、もぎたての甘夏を噛みしめる。若い酸っぱさが舌をわたり、まなじりに移っていった。
(おわり)
後書き
「風船ジャック」
噂には聞いていたが、彼女が赴任したクラスは死に絶えた森のように静かだった。子供たちは誰一人しゃべらない。頭の大きさほどの風船をめいめいが胸に抱え、それをこすり合わせて会話するのだ。きゅ、きゅん、きゃわっ、きゃお……。夜のイルカの嘆きを見ているような光景だった。
彼女もまた自分用の風船をふくらまし、子供たちに挨拶して回る。風船の触れあいは言葉よりも直接的で生々しい。ゴム膜に閉じ込められた吐息の温度が、互いの風船を伝って響き合い、音になり、声になり――きゅあ。ぎゅえ。ずっぬ。ゴムの摩擦が冷たい嗚咽にように切々と身を詰ます。数人が寄り集まると心も揺らぐほどに。
いくら日が経っても馴れなかった。風船を持つからこの状態が続くのではないか。一度取り上げてみたらどうか……迂闊にも子供と風船で接していた最中にそう感じてしまった。子供たちの気配が一変する。石の森に佇む凶眼が一斉に取り囲み、真っ先に彼女から風船を奪った。音の基底が弾け飛ぶ。手にすがるものが何もない――痺れが走り内腑が逆行する。頭の大きさまでゴムがふくらんだ。
きゅうぃ。
イスが引かれ、また一つ子供の席が埋まる。手には風船、空っぽの教壇。
(おわり)
後書き
彼女もまた自分用の風船をふくらまし、子供たちに挨拶して回る。風船の触れあいは言葉よりも直接的で生々しい。ゴム膜に閉じ込められた吐息の温度が、互いの風船を伝って響き合い、音になり、声になり――きゅあ。ぎゅえ。ずっぬ。ゴムの摩擦が冷たい嗚咽にように切々と身を詰ます。数人が寄り集まると心も揺らぐほどに。
いくら日が経っても馴れなかった。風船を持つからこの状態が続くのではないか。一度取り上げてみたらどうか……迂闊にも子供と風船で接していた最中にそう感じてしまった。子供たちの気配が一変する。石の森に佇む凶眼が一斉に取り囲み、真っ先に彼女から風船を奪った。音の基底が弾け飛ぶ。手にすがるものが何もない――痺れが走り内腑が逆行する。頭の大きさまでゴムがふくらんだ。
きゅうぃ。
イスが引かれ、また一つ子供の席が埋まる。手には風船、空っぽの教壇。
(おわり)
後書き
2005年11月06日
2005年08月28日
「旅立ちの鐘」
草原の小屋に年老いた金色の蝶が迷い込んだ。ひとしきり部屋の景色を楽しんだ後、テーブルの上に真新しいウールの山高帽を見つけ、そこで一晩羽を休めた。帽子のくぼみの心地良さに酔ううちに、蝶は金色の鱗粉をぽろぽろとこぼして、夜明けとともに山高帽は美しい真鍮のハンドベルに変わった。蝶の姿はどこかに消えて、鐘の肌に照り映う朝日の色だけが明るく小屋の中を満たす。旅立ちの朝、男は生涯で一番の寝覚めを迎えた。
駅から続く石畳の広い道。朝の列車から降りた男は赤いタキシードを身にまとい、五匹のアルマジロを連れていた。道端に立ち止まり、革の旅行鞄からペンキの缶をいくつも取り出す。そして、アルマジロたちの背に色違いのペンキを塗っていった。
それが終わると、五匹はきちんと一列に並び、男の合図でみんな丸くなり道を転がった。路面に五色のタイルのような模様が現れる。男は鞄から真鍮のハンドベルを取り出し、軽やかに鳴らした。石造りの家の中から子供たちが顔を出し、自然と周りに集まって来る。みんな男のことを待っていたのだ。期待に胸を膨らまし、路面をじっと見つめる。
晴れやかな鐘の音は道いっぱいに鳴り響いた。道に塗られたペンキの模様は地面を離れ、二枚が一つになり鮮やかな蝶に生まれ変わって、一斉に空へと飛び立ち始めた。大きな模様は大きな蝶に、小さな模様は小さな蝶に。五色の蝶が入り乱れ、虹のジグソーパズルが降り注ぐような輝きが空一面に広がった。蝶は鐘の余韻に乗って気ままに宙を泳いでいる。
男はグリーンスパゲティの束を子供たちに配り始めた。それを掲げると、蝶の群れが先っぽに止まるのだ。頃合を見て、男は鐘の音をすっと静めた。すると蝶たちは眠りに就いて、美しい花束に変わった。
子供たちは花束を握り締め、目に輝きを浮かべ広い道を駆け巡る。五匹のアルマジロも一緒になってはしゃぎ回った。アルマジロがペンキを浴びて道を転げば、鐘は鳴り、道の模様がたちまち蝶へと変わるのだ。子供たちは花のシャワーを浴びるように夢中でアルマジロの後を追いかけた。
やがて、蝶の影が空になくなると、男は大きく鐘を一つ鳴らし、アルマジロたちを呼び戻した。午後には次の町に向かうのだ。靴音が一定のリズムで歌い、道の向こうに去っていく。
「また来てくれる?!」
子供たちは遊び疲れた肩を弾ませ、赤いタキシードとその足下に続く茶色い五匹の背中をいつまでも見送った。
(おわり)
後書き・コメントなど
駅から続く石畳の広い道。朝の列車から降りた男は赤いタキシードを身にまとい、五匹のアルマジロを連れていた。道端に立ち止まり、革の旅行鞄からペンキの缶をいくつも取り出す。そして、アルマジロたちの背に色違いのペンキを塗っていった。
それが終わると、五匹はきちんと一列に並び、男の合図でみんな丸くなり道を転がった。路面に五色のタイルのような模様が現れる。男は鞄から真鍮のハンドベルを取り出し、軽やかに鳴らした。石造りの家の中から子供たちが顔を出し、自然と周りに集まって来る。みんな男のことを待っていたのだ。期待に胸を膨らまし、路面をじっと見つめる。
晴れやかな鐘の音は道いっぱいに鳴り響いた。道に塗られたペンキの模様は地面を離れ、二枚が一つになり鮮やかな蝶に生まれ変わって、一斉に空へと飛び立ち始めた。大きな模様は大きな蝶に、小さな模様は小さな蝶に。五色の蝶が入り乱れ、虹のジグソーパズルが降り注ぐような輝きが空一面に広がった。蝶は鐘の余韻に乗って気ままに宙を泳いでいる。
男はグリーンスパゲティの束を子供たちに配り始めた。それを掲げると、蝶の群れが先っぽに止まるのだ。頃合を見て、男は鐘の音をすっと静めた。すると蝶たちは眠りに就いて、美しい花束に変わった。
子供たちは花束を握り締め、目に輝きを浮かべ広い道を駆け巡る。五匹のアルマジロも一緒になってはしゃぎ回った。アルマジロがペンキを浴びて道を転げば、鐘は鳴り、道の模様がたちまち蝶へと変わるのだ。子供たちは花のシャワーを浴びるように夢中でアルマジロの後を追いかけた。
やがて、蝶の影が空になくなると、男は大きく鐘を一つ鳴らし、アルマジロたちを呼び戻した。午後には次の町に向かうのだ。靴音が一定のリズムで歌い、道の向こうに去っていく。
「また来てくれる?!」
子供たちは遊び疲れた肩を弾ませ、赤いタキシードとその足下に続く茶色い五匹の背中をいつまでも見送った。
(おわり)
後書き・コメントなど
2005年08月19日
「生」
むかし、文鳥が私にピーナツを三個要求してきた。理由を訊くと、一個は昨日に感謝するため、一個は今日を生きる活力を得るため、一個は明日への備えとして食べるのだという。結局今日生きるための三個じゃないかと問い質せば、それでは豊かさが実感できないと諭された。私はふといじわる心がはたらき、形のよく似た憂鬱の種を一個混ぜてみた。文鳥がどんなふうに食べるか観察する。すると憂鬱の種をかぎ分け、それをよけ、一個を半分に割って今日と明日用にした。それを毎日続けた。お互い頑固だったが、やがて文鳥が空腹でことんと死んでしまった。私はひどく動揺し、硬直したくちばしに取っておいたピーナツを押し込んだが、二度と目覚めなかった。死顔は泣きたくなるほど安らかで、豊かさの信条を捨てぬまま眠りに就いたのだと知った。明日用のピーナツは甘く香ばしく希望に満ちていた。それが一握りほども残ったが、私はもはや巣箱のように空っぽになっていた。
(おわり)
後書き
(おわり)
後書き
2005年08月14日
「海に来たかったわけじゃない」
これは知り合いの話なんですが、大学時代に、そのころ買ったばかりのバイク――いばったって中古ですが――に乗って、友人は夕暮れの海岸線を気持ちよく走っていました。すると、市街地から来た大型トラックが割りこんできて、彼は慌てて道を譲りました。そのときヘルメットの視界の端に真っ赤な色が映り、地面に火の粉が散っているように見えたそうです。しかし、彼は浜辺に下りる別の道へ入ったので、トラックとはそれきりでした。
浜辺でぼんやり夕涼みをしていると、砂を踏む小さな足音を立て、浴衣姿の可愛い女の子が彼に近づいてきました。見知らぬ顔ですが、親しみのある笑顔を浮かべています。同じくらいの年格好で、彼も興味を持ち、「お祭りに行ってたんですか?」と聞いたそうです。そうすると『みんなと離れちゃったんです。海に来たかったわけじゃないけどね』と彼女は寂しげに答えたそうです。
彼女は浴衣のまま砂の上に座り、まだ夜更けには早い時間だったのですが、退屈だから一緒に花火をしたいと言うもので、彼も売店で花火を買って二人仲良く始めました。浴衣の袖をちょんとしぼり、『ほらほら、くるくるくる〜』と花火を回して笑う彼女の姿を眺めながら、楽しい時間を過ごしたそうです。ところが、次第に口数が減り、『何だか気持ち悪いかも……』と低い声でうめくので、彼が急いで冷たいジュースを買って戻ると、彼女の姿は消えてなくなっていました。
それきりでした。心配になった彼は汗だくになって海辺を探したそうですが、彼女はとうとう見つかりませんでした。
翌朝の新聞で、彼は一台のトラックが海岸線の道路から転落したという話を知りました。そして、その後輪には女の子の片腕が巻き込まれていて、浴衣の袖がからみついていたそうです。市街地の夏祭り会場から10キロも離れた転落地点まで――
(後書き)
浜辺でぼんやり夕涼みをしていると、砂を踏む小さな足音を立て、浴衣姿の可愛い女の子が彼に近づいてきました。見知らぬ顔ですが、親しみのある笑顔を浮かべています。同じくらいの年格好で、彼も興味を持ち、「お祭りに行ってたんですか?」と聞いたそうです。そうすると『みんなと離れちゃったんです。海に来たかったわけじゃないけどね』と彼女は寂しげに答えたそうです。
彼女は浴衣のまま砂の上に座り、まだ夜更けには早い時間だったのですが、退屈だから一緒に花火をしたいと言うもので、彼も売店で花火を買って二人仲良く始めました。浴衣の袖をちょんとしぼり、『ほらほら、くるくるくる〜』と花火を回して笑う彼女の姿を眺めながら、楽しい時間を過ごしたそうです。ところが、次第に口数が減り、『何だか気持ち悪いかも……』と低い声でうめくので、彼が急いで冷たいジュースを買って戻ると、彼女の姿は消えてなくなっていました。
それきりでした。心配になった彼は汗だくになって海辺を探したそうですが、彼女はとうとう見つかりませんでした。
翌朝の新聞で、彼は一台のトラックが海岸線の道路から転落したという話を知りました。そして、その後輪には女の子の片腕が巻き込まれていて、浴衣の袖がからみついていたそうです。市街地の夏祭り会場から10キロも離れた転落地点まで――
(後書き)
2005年07月25日
「時の扉」
あらゆるものが願望のままに生きていた太古の時代、
恐るべき大罪を飲みこんだ海鳴りが空をも覆う渦となり、
すべてが一個の卵に封じこめられた。
一個の卵。
時は眠る。
さびしげな鐘の音が霧雨のように降りしきる。
扉をくぐって来たぼくは、眠りつづける都市の空を見上げた。
塔だけが青白い気炎を吐いて、ただそこに生きていた。
都市の叡智を吸い尽くした孤高の塔は、展望台に小さな庭をこしらえた。
水もなく、風もなく、歯車の花が大小さまざまに咲き乱れ、
時計職人たちが摘み取りながら、都市の時計をひとつずつ修復していく。
展望台のへりから長い髪がさわりと覗き、
かごいっぱいに歯車を抱えた娘と目が合った。
インディゴ・ブルーの大きな瞳が夕立のようにすばやく潤む。
何かのはずみでかごから歯車が転げ落ち、ぼくの目の前でぶつかった。
一個の卵。
ひびが走る。
さびしげな鐘の音が霧雨のように降りしきる。
ごう、ごう、ごう、と海鳴りが恐るべき大罪を呼び覚ます。
都市の時計は次から次へと逆行し、
扉の向こうに澄み切った水の世界が口を開いて待っている。
(おわり)
後書き
恐るべき大罪を飲みこんだ海鳴りが空をも覆う渦となり、
すべてが一個の卵に封じこめられた。
一個の卵。
時は眠る。
さびしげな鐘の音が霧雨のように降りしきる。
扉をくぐって来たぼくは、眠りつづける都市の空を見上げた。
塔だけが青白い気炎を吐いて、ただそこに生きていた。
都市の叡智を吸い尽くした孤高の塔は、展望台に小さな庭をこしらえた。
水もなく、風もなく、歯車の花が大小さまざまに咲き乱れ、
時計職人たちが摘み取りながら、都市の時計をひとつずつ修復していく。
展望台のへりから長い髪がさわりと覗き、
かごいっぱいに歯車を抱えた娘と目が合った。
インディゴ・ブルーの大きな瞳が夕立のようにすばやく潤む。
何かのはずみでかごから歯車が転げ落ち、ぼくの目の前でぶつかった。
一個の卵。
ひびが走る。
さびしげな鐘の音が霧雨のように降りしきる。
ごう、ごう、ごう、と海鳴りが恐るべき大罪を呼び覚ます。
都市の時計は次から次へと逆行し、
扉の向こうに澄み切った水の世界が口を開いて待っている。
(おわり)
後書き
2005年07月18日
「月面炎上」
「世界各国の有望な作家諸君、
月面をペン一本で燃やせた時代はもうじき終わりを告げるでしょう。
いますぐ知的財産損害保険を!」
君たちが有望かどうか知れないが、最近この手のダイレクトメールが増えてきたのは周知の通りだ。それもそのはず、今やパリのトップモデルたちより “ビューティ・フェイス”と称賛される美しいクレーターの所有をめぐり、世界中のヘッジファンドがこぞって資本を投入し、入札競争が過剰にヒートアップしているのだ。火消し水と期待される月禁法の整備が急ピッチで進められているが、価格相場の燃え上がる速度には到底追いつかない。さらに、転売に次ぐ転売で所有権者は入り乱れ、月面特許商標庁には審判請求の分厚い束が連日連夜届けられ、百人の審査官の脳みそが片っぱしから火を噴きそうな勢いだ。
私が有望な後輩諸君に忠告することはただひとつ。バカ高い保険料を払っておかない限り、うっかり他人の所有地を筆で燃やせば自分の銀行口座まで炎上するぞ、ということだ。編集者より弁護士との打ち合わせがずっと多くなった私の二の舞いにならないように――健筆を祈る!
(おわり)
後書き
月面をペン一本で燃やせた時代はもうじき終わりを告げるでしょう。
いますぐ知的財産損害保険を!」
君たちが有望かどうか知れないが、最近この手のダイレクトメールが増えてきたのは周知の通りだ。それもそのはず、今やパリのトップモデルたちより “ビューティ・フェイス”と称賛される美しいクレーターの所有をめぐり、世界中のヘッジファンドがこぞって資本を投入し、入札競争が過剰にヒートアップしているのだ。火消し水と期待される月禁法の整備が急ピッチで進められているが、価格相場の燃え上がる速度には到底追いつかない。さらに、転売に次ぐ転売で所有権者は入り乱れ、月面特許商標庁には審判請求の分厚い束が連日連夜届けられ、百人の審査官の脳みそが片っぱしから火を噴きそうな勢いだ。
私が有望な後輩諸君に忠告することはただひとつ。バカ高い保険料を払っておかない限り、うっかり他人の所有地を筆で燃やせば自分の銀行口座まで炎上するぞ、ということだ。編集者より弁護士との打ち合わせがずっと多くなった私の二の舞いにならないように――健筆を祈る!
(おわり)
後書き
2005年07月06日
2005年07月03日
「机」
前の晩、わたしたちの学校に、見たこともない銀色の光が降り注いだらしい。
明くる朝、一番に教室へ入ったら、机が大変なことになっていた。木の板も鉄の棒もすっかり消えて、枕になっていたのだ。机の中身も消えてしまったようだ。みんな目を丸くした。ふざけた男子が投げ合いを始めそうになったのを女子が慌てて止めた。そんなことしたら、どれが誰のか分からなくなる。
仕方なくその日は枕で授業を受けた。学校にある全部の教室の机が枕になっていたのだ。取り替えようがない。
枕の上に座る人も、枕を抱く人もいたが、とにかくすごく収まりが悪かった。いつもは居眠りする人たちも慣れない枕と硬い床では落ち着かず、きちんと起きて授業を受けている。どうせ寝ている格好だからバレないはずなのに、誰も寝ようとしないのだ。
「なんかさぁ、制服のままってのがねー」
隣りに寝そべる茶色い髪の真希ちゃんは、休み時間にそう言った。一瞬納得したが、よくよく考えれば机の時だってみんな制服で寝てたのに。それと何が違うんだろう。くすっと笑みがこぼれた。
(おわり)
明くる朝、一番に教室へ入ったら、机が大変なことになっていた。木の板も鉄の棒もすっかり消えて、枕になっていたのだ。机の中身も消えてしまったようだ。みんな目を丸くした。ふざけた男子が投げ合いを始めそうになったのを女子が慌てて止めた。そんなことしたら、どれが誰のか分からなくなる。
仕方なくその日は枕で授業を受けた。学校にある全部の教室の机が枕になっていたのだ。取り替えようがない。
枕の上に座る人も、枕を抱く人もいたが、とにかくすごく収まりが悪かった。いつもは居眠りする人たちも慣れない枕と硬い床では落ち着かず、きちんと起きて授業を受けている。どうせ寝ている格好だからバレないはずなのに、誰も寝ようとしないのだ。
「なんかさぁ、制服のままってのがねー」
隣りに寝そべる茶色い髪の真希ちゃんは、休み時間にそう言った。一瞬納得したが、よくよく考えれば机の時だってみんな制服で寝てたのに。それと何が違うんだろう。くすっと笑みがこぼれた。
(おわり)
2005年06月30日
「読書する女」
眺めの悪くない部屋で、夜通し好きな本を読んでいて、
夜が終わったと思ったら、どこからか真っ黒い朝がやってきた。
部屋のなかに恐れをなして、裸足で外に駆け出した。
明るい朝を待っていた花も草も木もそこにはなくて、
タールみたいな川の岸辺にライオンの寝姿のような丘があり、
朝から誰かが石で水切り遊びをしている。ぱちゃっぱちゃっ。
そういえば――水切りをする少年に覚えがある。
私がいま読んでいる本の主人公。琥珀色の肌をした。
記憶をたよりにページをめくると、主人公はすでに私だった。
水切りの少年を見失い、気になって本の続きを読んでいく。
おや、いつの間にかゴイサギが主人公になっている。
ゴイサギは道に落ちていた本をくわえ、東の空に飛び去った。
(おわり)
後書き
夜が終わったと思ったら、どこからか真っ黒い朝がやってきた。
部屋のなかに恐れをなして、裸足で外に駆け出した。
明るい朝を待っていた花も草も木もそこにはなくて、
タールみたいな川の岸辺にライオンの寝姿のような丘があり、
朝から誰かが石で水切り遊びをしている。ぱちゃっぱちゃっ。
そういえば――水切りをする少年に覚えがある。
私がいま読んでいる本の主人公。琥珀色の肌をした。
記憶をたよりにページをめくると、主人公はすでに私だった。
水切りの少年を見失い、気になって本の続きを読んでいく。
おや、いつの間にかゴイサギが主人公になっている。
ゴイサギは道に落ちていた本をくわえ、東の空に飛び去った。
(おわり)
後書き
2005年06月28日
「妻の主食」
妻の主食はドラゴンだった。
彼女がどうやってそれを仕留めるか知らないが、私が勤めに出ている昼間に団地の裏山へ入って狩りをしているようだ。私が帰宅する頃にはすっかり解体されて彼女のおかずになっている。
かと言って彼女は別に屈強でもなく、むしろ細腕の部類に入るのだが、うまくやるコツがあるらしい。昔一度だけ尋ねたことがあるが、恥ずかしがって結局話してくれなかった。
幸福な日々は続き、やがて妻は身重になった。そして産婦人科の先生から激しい運動を止められてしまった。
その夜――彼女は今までになく切羽詰まった面持ちで私をイスに座らせると、自分の部屋から一抱えほどもある巨大なしゃもじを持って来た。目の前に立たれると、異様な威圧感がある。
それから、妻はそれを使いながら、実家に伝わる狩猟法なるものを手取り足取り説明してくれた。彼女にぴたりと寄り添われ、号令に合わせて巨大しゃもじを縦へ横へと振り裁く。だが、そんなもの頭に入るわけがない。彼女はいくつでこれを習ったんだろうと、そればかりが気になった。
「そう、グリップをしっかりね!」
「ああ」
明日から、私は彼女のために命を張るのだ。
結婚をする前に、いったい誰がこういう事態まで想定できただろうか。
(おわり)
後書き
彼女がどうやってそれを仕留めるか知らないが、私が勤めに出ている昼間に団地の裏山へ入って狩りをしているようだ。私が帰宅する頃にはすっかり解体されて彼女のおかずになっている。
かと言って彼女は別に屈強でもなく、むしろ細腕の部類に入るのだが、うまくやるコツがあるらしい。昔一度だけ尋ねたことがあるが、恥ずかしがって結局話してくれなかった。
幸福な日々は続き、やがて妻は身重になった。そして産婦人科の先生から激しい運動を止められてしまった。
その夜――彼女は今までになく切羽詰まった面持ちで私をイスに座らせると、自分の部屋から一抱えほどもある巨大なしゃもじを持って来た。目の前に立たれると、異様な威圧感がある。
それから、妻はそれを使いながら、実家に伝わる狩猟法なるものを手取り足取り説明してくれた。彼女にぴたりと寄り添われ、号令に合わせて巨大しゃもじを縦へ横へと振り裁く。だが、そんなもの頭に入るわけがない。彼女はいくつでこれを習ったんだろうと、そればかりが気になった。
「そう、グリップをしっかりね!」
「ああ」
明日から、私は彼女のために命を張るのだ。
結婚をする前に、いったい誰がこういう事態まで想定できただろうか。
(おわり)
後書き


