CGI

2005年11月09日

「風船ジャック」

 噂には聞いていたが、彼女が赴任したクラスは死に絶えた森のように静かだった。子供たちは誰一人しゃべらない。頭の大きさほどの風船をめいめいが胸に抱え、それをこすり合わせて会話するのだ。きゅ、きゅん、きゃわっ、きゃお……。夜のイルカの嘆きを見ているような光景だった。
 彼女もまた自分用の風船をふくらまし、子供たちに挨拶して回る。風船の触れあいは言葉よりも直接的で生々しい。ゴム膜に閉じ込められた吐息の温度が、互いの風船を伝って響き合い、音になり、声になり――きゅあ。ぎゅえ。ずっぬ。ゴムの摩擦が冷たい嗚咽にように切々と身を詰ます。数人が寄り集まると心も揺らぐほどに。
 いくら日が経っても馴れなかった。風船を持つからこの状態が続くのではないか。一度取り上げてみたらどうか……迂闊にも子供と風船で接していた最中にそう感じてしまった。子供たちの気配が一変する。石の森に佇む凶眼が一斉に取り囲み、真っ先に彼女から風船を奪った。音の基底が弾け飛ぶ。手にすがるものが何もない――痺れが走り内腑が逆行する。頭の大きさまでゴムがふくらんだ。
 きゅうぃ。
 イスが引かれ、また一つ子供の席が埋まる。手には風船、空っぽの教壇。

(おわり)

 ※本作は『500文字の心臓』特別企画MSGP2005一回戦に出展したものです(ブログ掲載にあたり一部改稿)。結果、辛くも一回戦突破。
posted by sleepdog at 10:12| 北海道 ?J| Comment(0) | 超短編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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