いつもお世話になっている網笠せいさんが毎年梅雨の時期に主催されている「蛙祭」、マイクロスコピックではご紹介が遅くなってしまいましたが、本館サロンでは開幕前から協賛しておりましたので、ご存知の方もいらっしゃると思います。
今年こそはある程度長さのある短編を投稿しよう! と思っていたのですが、途中でガス欠になってしまい、閉幕(今日です)までに間に合いませんでした。んー、残念。とりあえず今年は短いながら、幻想味あふれる掌編を出すことにしました。ちなみに、『犬祭2』に出した「歌うまち」と似た系統になっています(連作を多少イメージして)。
企画のお題は「釣りをする蛙」。「ピーターラビット」に登場する釣りをする蛙、ジェイミー・フィッシャーが企画のモチーフですが、釣りさえしていれば好きなように書いていい、ということだったので、こんな作品に仕上がりました。

photo by ゆんフォトギャラリー
「クラゲの屋根に腰かけて」
ちょっと寄り道しただけの旅行者さえなつかしさを抱くほど、あたたかい潮の香りに包まれた港町に何百年と変わらぬ夕暮れが訪れたとき、不思議なものが漂着した。象のように大きなクラゲが浜辺の桟橋に流れ着いたのだ。
→続きは蛙祭会場で。
閉幕後も作品鑑賞・感想書き込みができるようです。ぜひお気軽に感想をお寄せください。
ちなみに、書きかけで筆が止まっている短編小説「ハンティング・ロッド」の一部を載せようかなと思います(供養のつもりじゃありませんが^^;)。せいさん、間に合わなくてごめんね。どれどれ?と思った人は、続きを読むを押してください。
「ハンティング・ロッド」 冒頭の一節
あの日、商談がうまく行っていたら、たぶん夜空を見上げるような真似もしなかっただろう。そういう仕草はドラマでしか見ない幻想で、本当にやることは滅多にない。ちょっとした現実逃避のサインなのだ。そう、自分に向けたね。
けれども、あの時だけは月の出ない夜の魔力に引かれるように、やたら感傷的な気分だった。もう長いこと精神的な温もりを味わっていなかったせいもあるだろう。ただ――百歩譲って夜空を見上げたとしても、あんなものを断じて目撃するべきではなかった。
大通りから少し外れた裏道に佇むテナントビルを出ると、すっかり夜色に満ちていた。この季節、日没はだいぶ遅いはずだが、時計を見ると予想外に自分が結論取りに粘ったことを知った。地下鉄の駅張りポスター広告一ヵ月間の見積書。新商品が出たばかりなのに広告費を渋る理屈が分からない。売るつもりがないのなら作らなければいいと思うのは広告会社の人間の暴論だろうか。
幸い、雨はすでに上がっていた。しかし今夜は風がない。唐木士朗はねっとりとした蒸し暑さに顔をしかめ、傘を手に提げ歩きはじめた。
スコットランド製のちょっと上等なこの傘は、去年まで付き合っていた恋人が旅行の土産に買ってきてくれたものだ。彼女は安物のビニール傘を持つ人は金運が逃げると言い、彼女自身もフランスのアンティーク傘を大事そうにずっと愛用していた。
彼女が相手に求める価値において経済力の比重が年々高くなっていたことを士朗は十分肌で感じていた。しかし士朗の稼ぎは伸び悩み、ついに高級志向のアンティーク傘は、士朗よりずっと強い追い風をまとう別の男になびいてしまったのだ。
喧嘩別れならともかく、“見限られた”というのは男にとってこの上なく惨めな終わり方だった。もう半年前の冬のこと。部屋にあった彼女との想い出はほとんど捨ててしまったが、結局この傘だけは自分への戒めとして手許に残すことにした。
しかし――この半年で何か変わったか。士朗は大きな水たまりを避け、気の乗らない自問を引っ込めた。
足は一応まっすぐ駅に向かっていたが、士朗の気持ちは寄り道先を何の気なしに探していた。もっとも、別段酒好きというわけでもなく、先ほどクロージングした本日最後の仕事はとても祝杯を上げる内容と言えなかった。自分より年下の新米担当者に値引きされての渋々受注。相手は「予算額厳守なので」の一点張りで、押しても引いても生白い能面に変化なし。士朗としても今月の売上計上締切日が近いため、あともう一回出直して粘る余裕は残っていなかった。
マッサージにでも寄って帰ろうかとぼんやり考える。
信号のない交差点を曲がり、赤ら顔の中年サラリーマン三人組とすれ違う。彼らの胸元にネクタイはない。
「クールビズね」
自分の耳に聞こえる程度につぶやいた。ネクタイを少し緩める。くくっ、と笑ってそのまま外す。首にからむ布きれの蛇の呪縛が消え失せ、確かに気分が少しだけ軽くなった。いっそ久しぶりに風俗にでも行くか。今夜の財布には万札がそこそこ入っていた。
夜空を見上げる。
士朗は上等で丈夫な傘をステッキみたいに地面に差して、立ち止まる。何かの状況に酔っていた。それは、自分を見限った女性の先見の明を褒め称えること? 負けを認めるのが恐くて意地でもビニール傘を買わないこと? 初めて会った女の子を抱くだけの現金が手許にあること?
両手なんか広げるもんか。雨になんか歌うもんか。ドラマよりミュージカルはもっと嫌いだった。
月の出ない夜――この通りを抜ければ人通りがわっと賑やかになる。無神経な雑踏がじっとりと嘲笑を浮かべ、士朗が泳ぎ疲れるのを待ち構えている。蒸し暑さは酒気や嬌声を吸ってさらに赤く腫れあがり、雨上がりの夜気のレンズにネオンが揺らぎ、ゲコゲコというしゃがれた声が頭の上から降ってきた。
ゲコゲコ?
見上げれば、ごちゃごちゃと飲食店がひしめく雑居ビル。三階にはベトナム料理のレストランが入っていた。その三階の、外へ張り出したベランダの柵に奇妙な丸い影が座っていた。長い棒を両手で持ち、棒の先端から太い糸を夜風に垂らして――要は釣竿のような感じの――いやそのものかもしれない――そいつはゲコゲコと低い声でまた鳴いた。
子供にしては大きくて、大人にしては稚気が過ぎる。そこはちょうど外灯の継ぎ目に沈む暗がりで顔ははっきり見えないが、風貌はおよそベトナム料理店に似つかわしくないものだった。白いシャツにグレーのヴェストを合わせ、その上に紺のジャケットを重ねていた。裾の短いベージュのスラックスから白い靴下が覗き、黒い革靴を行儀よく履いている。頭のおかしい奴だろうか。とにかく顔を確かめたいが、襟元に飾られた白いフリルのようなスカーフが邪魔だった。本番を逃げ出してきた少年合唱団か、舞踏会帰りの英国紳士か、何にしても繁華街の裏通りにはまるで馴染まない姿だった。
三階のベランダから、ぷらんぷらんと釣り糸を垂らす。まわりに川も池も当然ない。あるのはただ忙しない人通りだけ。酔っ払いと、仕事帰りの人間と、地べたに座る学生たちと、怪訝そうに出窓を見上げる男が一人。
糸の先についているのは釣り針でなく丸くて黄色い玉だった。“浮き”のつもりだろうか。考える間に、士朗の鼻先を黄色い玉がシュッとかすめていった。かすかに砂糖の甘い匂いがよぎる。アメか――と目を凝らすと、それはどうやらチュッパチャップスのようだった。
まさか本当にアメとは。釣り人の正体は知れないが、本格的に頭のおかしい奴のような気がしてきた。士朗は疲れた首を戻し、ひとつ静かに呼吸を置いた。頭上では相変わらず釣り糸と黄色い玉が夜風に乗って揺れている。本当にこれは何の遊びだろうか。関わる気は毛頭ないが、黄色いアメ玉が時どきピクピク生きものみたいに跳ね上がり、視界の端をしつこくよぎる。士朗がもう少し意地悪い人間だったら、いっそ掴んで釣竿ごと窓辺のやつを引きずり落としてやったかもしれない。しかしそういう無茶はせず、今夜はおとなしく帰ろうと思い直す。
ところが、士朗の目の前でそのアメ玉は、誰かの手のひらの中にすぽっと消えた。あまりに唐突で、士朗は思わず立ち止まった。
華奢な白い腕を伸ばしてアメ玉を捕まえたのは女の子だった。大学生くらいの年齢で、茶色いストレートのセミロング、ラメの入った金色のキャミソールに、デニム地のタイトスカート。細くくびれた腰に革のベルトをルーズに巻いて、色鮮やかなビーズ刺繍のバッグを提げた、かわいい顔の女の子だ。
士朗が唖然と息を飲む間に、三階の釣り人は全身に力を込めて一気に引き上げた。そう、その女の子を! アメ玉を偶然掴んだ通りがかりの女の子を!
ひゃっ、と短い悲鳴を上げて、彼女のスレンダーな体は高々とビルの谷間に浮かび上がった。馬鹿な、アメ玉を離せばいいじゃないか! しかし、アメ玉は絶妙な具合に、彼女の手首に光る三連ブレスレットに引っ掛かっていて、獲物を捕えて逃さない。だが、アメ玉なら体の重みで砕けるはずだ。あれはチュッパチャップスなんかじゃないのか?! 士朗は必死に目で追いかける。
――二本の白い太ももが夜空に浮いていた。
(一部抜粋)
構想が腐敗しないうちに完成させたいのですが、ある程度の長さを書くスタミナがなくなってきているのを感じます。うーん、弱ったなぁ。原稿用紙100枚と言ったって、短いエピソードの積み上げであり、連鎖であるわけですが。とりあえず頑張りたいと思います。


